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3月20日 吉田松陰の教育 

みなさん、こんにちは。

幸福実現党の3つの主な政策の一つである『新・学問のすすめ』について述べます。
歴史上、日本一の教師と言えば、まず明治維新を成就し、なおかつ明治政府の要職を務めた偉人を多数輩出した、松下村塾の松陰先生をおいて他にいないでしょう。

奇蹟としかいえない特徴をあげますと、

まず、輩出した偉人たちの大半が、松下村塾の近所の子供たちで、それも下級武士の子弟たちです。この時代にも、大阪の蘭学塾である適塾など有名な塾もあるが、それらは全国から選りすぐりの秀才を集めてきた塾です。
偉大な教育者は人材を作るのです。

次に、松蔭先生は囚われの身であり、多くの親からは、危険思想にかぶれたら困るから、塾に行ってはいけないと言われていたり、近所から当人はともかく家族まで「乱民」と村八分にされていたような状況でした。そして、ハードとしても塾舎も狭く、あらゆる面で環境も厳しいものでした。(私も学生の頃、松下村塾を見学に行きました。あれだけ偉人を輩出した塾とも思えない、あまりのちっぽけさに非常に驚きました。)

そして、松蔭先生が塾生を教えていた期間が、長い人で2年半しかありませんでした。たった1~2年ほどの教育で、あれだけの人材を輩出されたのです。

最後に、教育方法についてです。松陰先生のイメージからいって、私は厳格な授業を行っていたのだろうと勝手に思っていましたが、あにはからんや、松陰先生は「教えることはできないが、君たちと共に勉強しよう。」という態度で、生徒を同志として遇していたのです。

今の、学校とある意味で同じスタンスをとっていると言っていいでしょう。しかし、松蔭先生がこのような態度で臨み、生徒の席で一緒に勉強しても、生徒は誰一人緊張を緩めることなく、先生を心から尊敬し、必死に学んだのです。

それは、松蔭先生の勉強に対する情熱の素晴らしさ、そして実際に11歳で藩主に授業を行った実績、さらに、生徒一人ひとりに対する、愛情とそして尊敬心をもって望んだからです。

幸福実現党は、この吉田松陰先生のような先生を作ることが、一番の教育改革であり、このような、真の教育者がいれば、学校崩壊もありえないと確信しています。

真の教育者を輩出することによって、『新・学問のすすめ』を興していきます。

それでは、今から宮古市に行ってまいります。宮古のみなさん、お会いするのを楽しみにしています。
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