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エジプトのクーデターを見て 

日本では選挙戦の真っ只中ではありますが、先日、エジプトでは事実上の軍によるクーデターが起き、モルシ大統領が解任しました。

クーデターというと私も他人事ではありません。

と言いますのも、商社時代に、ナイジェリアに3年ほど滞在していたことがありまして、そのときに現地でクーデーター未遂事件がありました。そのとき、日本政府から言われたことが今でも忘れられません。

それは「アメリカの大使館に逃げてくれ」というものです。
これを受けて、私は「日本政府は邦人を救う気がないのだ」ということがはっきりわかりました。(このエピソードは、本日7/7に掲載された産経新聞の横顔取材の記事でも少し紹介されています。)

憲法九条や集団的自衛権の行使ができないとする政府解釈に縛られて、いざというときに何も行動することができないのが戦後体制を引きずる日本の実態なのです。

私はこうした情けない国家のあり方を正したいと思うのです。

今回のエジプトの一件では、例の如く、オバマ大統領は静観の態度を決め込んでいるようで、エジプトに真の民主主義が根付くのは一定の時間を要するのかもしれません。
しかし、私は本来、日本は、エジプトの民主化、政治の安定にも貢献できる力を持っていると思います。なぜなら日本は、世界最古の王朝を有する徳高き民主主義国家だからです。

当時の先進宗教である仏教の教えを取り入れ、日本古来の神道との融和を図ることで日本の国体をつくった聖徳太子の「十七条の憲法」の第十七条にも、「十七に曰わく、それ事(こと)は独(ひと)り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし。少事はこれ軽(かろ)し。必ずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。故(ゆえ)に、衆とともに相弁(あいわきま)うるときは、辞(ことば)すなわち理(ことわり)を得ん。」とあり、独断を避け、議論して物事を決めることの重要さが説かれていますが、これはまさしく民主主義の根本です。

日本は飛鳥時代から民主主義の精神を体現した国づくりを行っていたわけです。さらに神代の時代までさかのぼれば、高天原におわす神々による民主主義がなされていました。

戦後教育によって、日本はアメリカによって初めて民主化されたようなイメージがついていますが、とんでもありません。日本はアメリカが誕生する2000年以上も前から、「和を以って尊しとなし」、「三宝を篤く敬って」民主主義政治を行っていた徳治国家なのです。

その尊い歴史というものを、戦後の「東京裁判史観」によって、自らを貶めていたにすぎません。
自縄自縛の戦後約70年の歴史を転換させるときが、「今でしょ!」と言いたいと思います。
歴史認識問題で、「東京裁判史観を払拭する」とマニフェストで明言している政党は幸福実現党だけです。事実に反する「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」という捏造の歴史をなぜ踏襲し続けなければならないのでしょうか。

私は宗教法人・幸福の科学に奉職して以来、心の修行に励みつつ、多くの人の悩みに触れ、その解決のお手伝いもさせていただいてきました。
その経験から言えることは、個人においても、まさしくこの「罪悪感」というものを取り去ることなくして幸福になることはできないのと同様に、国家においても「贖罪感」を引きずったまま、繁栄していくことはないのだ、ということだと思います。

今一度、日本は徳治主義的なる民主主義の理想を国内において体現し、それを他の国々にも見本としてお示しすること、それが日本が世界に対して果たすべき、「高貴なる義務」だと信じるものです。

志と理想が高い、私、松島ひろのりに日本の未来をどうか託していただきたいと思います。

松島ひろのり

松島ひろのり事務所
千葉県船橋市本町1-22-7 ソネアル船橋201
TEL: 047-437-8071
FAX: 047-437-8072
matsushima.hrp@gmail.com
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