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2月5日 松っちゃんってどんな人 ラスト 

みなさん、こんにちは。

連日、寒い日が続いています。北海道では氷点下33度だそうです。北海道の皆さんも頑張って下さい。
今日は、昼食時に、花巻市役所前にて街宣しました。晴れていて風がありませんでしたが、靴を通して、冷えがジンジン足から伝わってきました。

花巻市役所

明日は、紫波地区でのミニ集会と支持者回りを行います。紫波地区の皆さん、明日よろしくお願いします。

さて、自己紹介の最終回です。私をご理解いただき、誠にありがとうございます。私と一緒に、素晴らしい日本を、岩手を築いていきましょう。

<会社時代>
13年間の会社時代は、輸出部門で、3年4ヶ月がアフリカ勤務、残り10年が東京本社勤務でした。忙しい時期は、一年で電車で帰宅できたのは、10日もありませんでした。電車は朝だけで、帰りはタクシー帰りでしたので、電車の定期は持たず、毎日切符通勤でした。

出張では世界各国を訪れました。ほとんどの国は日本より貧しいのですが、日本人より自分の国を誇りに思い、将来素晴らしい国にすると言う人が多かったです。日本人は、敗戦の傷をいつまでも引きずり、自分の国を誇らなくなったことを非常に残念に思っていました。(特に、海外の青年は、素直に自国の発展に貢献すると胸を張っていたのは印象に残っています。)

ナイジェリア赴任時代には、湾岸戦争がありました。アメリカがイラクを攻撃する一週間前にはエジプトにおりましたが、急いでナイジェリアに戻りました。

日本が「アメリカを支援する」ことに対し、現地で厳しい非難を受けました。「この戦争は、西洋とアラブの戦いであり、イスラム教とキリスト教の戦いだ。この戦争に仲裁に入れる国は、東洋で、仏教国であり、アメリカとの中近東とも非常に友好関係にある日本以外にないではないか。それなのに、なぜ日本は、直ぐにアメリカを支援することにしたのか。日本の立場や世界に対する責任は、どのように思っているのか」と言う事でした。

一介の商社マンにそのような国の政策について言われても、どうしようもないと言い訳したことを思い出します。そして、やはり、情けない思いも同時に持ちました。

また、ナイジェリアでクーデター未遂が起きました。完全な戒厳令が敷かれ、一歩も外出が禁止され数日たった時に、「このままクーデターが泥沼化したら、アメリカ大使館に逃げ込みなさい」との通達が回ってきました。私は、非常に憤慨しました。「日本政府はなぜ、日本人を助けようとしないのか。ナイジェリアにいる日本人はたったの250名しかいません。飛行機一台チャーターすればいいだけです。なぜアメリカ大使館に逃げ込まないといけないのでしょうか。ナイジェリアにも日本大使館があるにもかかわらず。」

日本の国防について、また、国民を守る意識がない政府を持つ国民は不幸です。世界の人から軽蔑されていることを身をもって感じます。そもそも国としての一番目の仕事は、外国から国民を守ることです。国防意識のない人は、国政に携わる資格のない人です。
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